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キャリアトピックス

キャリア開発における
「挑戦」と「スキル」の関係性

チクセントミハイ氏のフロー理論の考察

 

株式会社キャリアライゼーション 
代表取締役   中浦 洋平
 

■チクセントミハイについて
上記イメージ図は、アメリカの心理学者 チクセントミハイ(Mihaly Csikszentmihalyi、1934年9月29日~)氏が提唱する「フロー理論」のイメージ図です。
チクセントミハイは、1960年代に大人の遊びの研究を進める中で、大人は何かをしている時に夢中になり有意義な時間を過ごしている体験をしている時間があることに強い興味をもち、研究を進めたことが、フロー研究の始まりだそうです。

■フロー理論とは
このフロー理論は、他のことは忘れ、目の前の事象に集中して(没頭して)取り組んでいる、所謂「フロー状態」を説明した理論ですが、彼が提唱する内容は、一時的な状態を指すだけではなく、キャリアという一定の期間(年数)の中においてもフロー状態が訪れることを意味しています。この点は、キャリア開発を考えるにあたっては、非常に有効な考えだと思います。
ようは、フロー状態になって仕事をしているときは、集中力が増し一生懸命になり、とても充実した期間となる。また、マネジメントの立場から見ると、メンバーが最大の生産性を発揮してくれている期間でもあります。

キャリアの中で、このフロー状態をいかに作り出し、長く維持・継続できるかという点が、充実した仕事人生を送れるかどうかに大きく影響すると考えられます。

■フロー状態になるには?
では、どのようにすれば、自分も部下もフロー状態になれるのでしょうか?
フロー状態になるには、どのような要素が必要なのでしょうか?

チクセントミハイは、人間の精神状態を8つに分けて定義しています。
(不安、強い不安、覚醒、フロー、コントロール、リラックス、退屈、無気力)
そして、縦軸に「挑戦の難易度」を、横軸に「スキル・能力」を取ったときに、その関係性は上図のようになります。

もし自分の能力が低い状態であれば、そこにいきなり難易度の高い仕事が与えられると精神状態は「強い不安」となり、中程度の難易度でも「不安(心配)」な状態となります。
実際に、自分には手に負えないような仕事を任された時、ひとは「強い不安」や「心配(不安)」に支配されてしまうものです。
逆に、自分の能力に対して仕事の難易度が低い状態だと、「リラックス」または「退屈/コントロール」状態となり、その仕事自体が自分の成長には貢献せず、どちらかというと物足りないレベルに陥ってしまいます。
つまり仕事でいうと、本来ならばもっとできるのに、与えられている仕事の難易度が低くて、自分の能力を持て余している状態です。
こういう場合、「もっと難易度の高い仕事を任せてほしい」と上司や周囲に言えない環境だと、ダラダラと時間だけを浪費してしまい、個人にとっても企業にとっても健全ではない状態になりかねません。

一方で、最も良い精神状態とは「フロー」状態であり、次いで自身の成長を促す「覚醒」状態だと言われています。
「フロー」は挑戦の難易度とスキル/能力がともに高レベルにある状態で、「覚醒」はスキル/能力を獲得さえできれば「フロー」の域に達することのできる状態を指します。
チクセントミハイによれば、この状態であれば成長実感を強く感じ、満足度の高い生活を送ることができると言っています。
逆に、「退屈」や「無気力」は満足度が低い状態であり、会社にとっても個人にとってもあまりよくはない状態です。
この状態から脱するためにも、少しでも能力を上げるために、その人にとっては少し難易度の高い仕事を与えたり、「覚醒」レベルに持って行けるよう調整をする必要があります。ようは、上図のサイクルを高速で回しながらも、覚醒~フロー状態にいかに長く維持し続けられるのか、が重要だという事です。

この調整については、個人でできる範囲と、上司や同僚の力を借りてできる範囲と、それぞれ異なってきます。キャリアカウンセリングの際に、職場の風通しの良さや上司との関係性が良好な方の場合は、調整についての改善策は容易に合意形成できますが、職場環境がよくなく上司との関係性も破綻気味の方の場合は、そもそもの調整機能が見いだせず、転職という形でしか「退屈」や「無気力」の領域から抜け出すことができなくなる可能性が高くなります。
こうなってしまうと、【転職前提でのキャリアカウンセリング】となってしまうため、本来のキャリアカウンセリングの目的からすると手遅れ状態となりますので、できる限り早い段階でキャリアカウンセリングを受けて頂き、自分を客観視する機会を設けて頂いたほうが良いと思います。
キャリア設計の中で、【転職はひとつの手段】でしかありません。日ごろからお付き合いをしていくキャリアアドバイザーがいれば、常に客観的なアドバイスをもらいながら、自分のいまの職場環境を見つめなおすことができ、転職という選択肢以外にもキャリアを戦略的に築くことができるのではないかと思います。

■「退屈」や「無気力」の領域から抜け出す方法
では、どのように「退屈」や「無気力」の領域から抜け出すべきか。
その方法は、下図にもある通り、例えば「①スキルの幅を広げる」ために、現職場で自分なりに必要なスキルの棚卸を行い、日常の中でしっかりと習得できるよう意識をもって仕事に取り組むこと。また現職場で習得が難しいのであれば、社内異動を申し出たり、転職や副業などで新たなスキル習得に努めたりすること。いずれも、自分でスキルの幅を広げキャリアを作っていく意識、周囲や上司に言われるまで待っていると時間を浪費するだけになってしまうので、自ら動くことが重要となります。
さらに、現職でのスキル習得が難しいという事であれば、「他社でチャレンジする転職」も視野に入れなければなりません。ただし、他社を志向する際には、【異業界への転職にチャレンジする】のと、【同業界で異なるスキルを習得する】のとでは、難易度にかなりの差が出てくるケースがほとんどですので、どちらを選択するかは慎重に吟味する必要があります。

■スキルの幅を広げる?業界の幅を広げる?
キャリアカウンセリングの際によくある質問として、「これまでのスキルを活かすべきか、業界経験を活かすべきか」という質問がありますが、優先順位としては、図中の左上の同業界で異なるスキルを習得するほうが、右下の異業界でこれまでのスキルを活かすことよりも心理的不安が少なく、フロー状態に入るスピードが速くなるように感じます(これは人によって意見は異なるかもしれませんが)。
ようは、これまで習得してきたスキルを異業界で横展開することよりも、同業界で異なるスキルを習得する(スキルの幅を広げておく)ほうが、有効に働くという考え方です。
もちろん個人差はありますし、どっちが正解ということではありませんが、これからの時代は一つのスキル(専門性)に頼るというよりは、保有スキル(専門性)の幅を広げることを優先すべきだと思います。
大企業に入社すれば一生安泰、会社の中で様々な部署異動を経験してゆっくりとスキル開発を行っていく、という時代が終焉を迎えようとしている現在においては、将来の不確実性への対応策としては、自らの専門性を広げ続けることが必要だということです。

そう考えると、異業界に飛び込む前に、まずは同業界でスキルの幅を広げる経験(成功や失敗を繰り返すこと)を積んだ上で、異業界に横展開していく。この繰り返しを経ることで、図中の右上の領域にスキル開発が進んでいくと考えられます。『自分の会社は斜陽産業なので、成長産業に転職したい』とおっしゃる方がいますが、上記の考えのもと、まずは自社内でスキルの幅を広げる努力をすることも重要ではないかと思います。

それでも異業界にチャレンジするのであれば、その業界でどういうスキルを身に付けようと思っているのか、しっかりと中身まで考えた上で転職した方が良いと思います。例えば、前述のケースのように『現職は斜陽産業で将来性が感じられないから、成長産業に移りたい』という安易な考えでの業界チェンジは、まったく賛成できません。たしかに成長産業に身を置くことで、短期的な離職(失業)を回避できるかもしれませんが、結局のところその業界でどういうスキルを身に付け、将来どういう自分を目指すのかということが因数分解され明文化されていない限り、戦略的キャリアマネジメントは不発に終わってしまいます。
『挑戦とスキルのバランス』をしっかりと見極め、フロー状態に入るために何をすべきかを理解しておくことが重要となります。

 

■「フロー」にいたる条件 では、そもそもフロー状態に入るための条件は、どのような条件があるのでしょうか。
 チクセントミハイは、次のような7つの条件を挙げて説明しています。
①目標の明瞭さ(何をすべきか、どうやってすべきかを理解している)
②どれくらいうまくいっているかを理解していること(ただちにフィードバックを得られる環境であること)
③挑戦とスキル/能力の均衡を保つこと(活動が易しすぎず、難しすぎない状態)
④行為と意識の融合(自分はもっと大きな何かの一部であると感じる)
⑤注意の散漫を避ける(活動に深く集中し、探求する機会を持ち続ける)
⑥自己、時間、周囲の状況を忘れること(日頃の現実から離れたような、忘我を感じている状態)
⑦自己目的的な経験としての創造性(活動に本質的な価値がある、だから活動が苦にならない状態)
 
7つ全てを満たす必要はありませんが、これらの条件のいくつかが組み合わさることで「フロー」状態に入ることができると説明しています。
 
フローに至るには、特に7番目の条件など【自分自身のモチベーションが高く、常に当事者意識をもって仕事に取り組んでいる状態】が必要なのだということがわかりますし、そもそも、「上司/会社に言われたからやっている」仕事(意識の中)では、なかなかフロー状態に達することはできません。
リクルート創業者の江副さんがおっしゃる「圧倒的な当事者意識」こそが、フロー状態への重要な要素だという事です。

■第三者目線を得るためのキャリアアドバイザーという存在
今の自分が置かれた状態を客観視し、第三者目線で俯瞰的に捉えることで、フロー状態をいかに作り出すことができるのか。そのために必要な行動が何か。
キャリアを考える上では、この第三者の目線や俯瞰的に見る機会を持つことは、非常に有効だと考えられます。
職場の上司や同僚以外にも、学生時代の友人、家族からの指摘やアドバイスが重要なように、中長期的に付き合っていく専門家としてのキャリアアドバイザーの存在は、この観点からも非常に重要だということがご理解頂けるかと思います。

最近では「自分の市場価値を知るために人材紹介会社に登録する」という話も、よく耳にします。ただ、人材紹介会社のキャリアアドバイザーは、やはり転職してもらってなんぼ、の営業側面も持っているので、転職前提での話になりがちです。もちろん、なかには『キャリアについて一緒に悩み、転職は一つの解決の手段として考えましょう』というアドバイスをもらえるケースもあります。ただ、大多数のアドバイザーが、『●●という企業なら〇〇です』、なんてこじつけの話をしてくるものです。さらには、キャリアアドバイザーにとって当たりはずれが大きくなってきますが、そもそも、このあたり外れがあること自体が悩ましいポイントなのではないでしょうか。

■自分専属のかかりつけキャリアアドバイザー
いま一度、キャリアアドバイザーに今の職場の状況などをしっかりと伝え、意見を聞くことで、自分のキャリアの棚卸と将来のありたい姿を見定め、そこに行き着くまでのロードマップを作ること。戦略的にキャリアをマネジメントすること。これを実行してみてはいかがでしょうか。
キャリアにも、実現のための設計図のようなものが必要だと考えています。

だからこそ、早期に自分に合った、自分を理解してもらえる専属キャリアアドバイザーを見つけ、中長期的に付き合っていくことが、これからの新しい時代のキャリア設計においては有効ではないかと考えています。
そういう意味では、キャリアアドバイザーは、転職のためのスポットサービスとして利用するのではなく、「キャリア実現のために中長期的に付き合っていくサービス」だとご理解頂いたほうがよいかと思います。

キャリアの不確実性が増す中で、戦略的にキャリアを描き築き上げていくことが、多様な人生の選択肢へと繋がり、自分らしい人生の実現へと導いてくれるものだと考えています。

【プロフィール】

田中聡の顔写真
 

中浦 洋平

株式会社キャリアライゼーション
代表取締役

2002年に新卒で高島屋へ入社。インテリジェンス(現パーソルキャリア)に転職し、ファッション業界向け人材紹介のマネジメントまで経験。リンクアンドモチベーションでの人事/組織コンサルティングを経て、ジェイエイシーリクルートメントへ。外資系企業やハイキャリア層向けの人材紹介にて、人材・教育・消費財・ファッション・小売/流通/外食・EC/デジタルなど、BtoCサービスでの複数業界に向けた事業統括責任者を歴任。新チーム立ち上げや新規領域の拡大、さらには自社社員の採用~育成・教育まで、人と組織に関する一連の業務を経験。 新サービス創出のため2019年に株式会社キャリアライゼーションを創業、現在に至る。
www.careerization.co.jp